田端義夫「かえり船」
昨年4月に田端義夫が亡くなってから、そろそろ1年が経とうとしている。愛称はバタヤン。田端は本当の歌心を持った昭和の偉大な演歌歌手だった。彼のいちばん良いところは、歌をさらりと歌ってしまうのだが、その余韻がいつまでも心に残って飽きることがない。バタヤンより声量があって力を入れて歌う人は多いが、だんだんと自分の声におぼれて歌が荒れた感じになってくる。とくに最近の演歌の大御所といわれる人の歌を聴くと、細川たかし、吉幾三、鳥羽一郎など、声を張り上げて、やや演出過剰気味に聞こえるのが気になる。田端は晩年になっても哀調あるギターの調べとともに聞いていても心やすまるメロディーだった。もちろん曲もよかった。作曲家の倉若晴生、作詞家の清水みのるとのトリオで「かえり船」「別れ船」が生まれた。とくに「かえり船」は戦地からの復員兵を迎える役目をはたし、戦後の多くの日本人の記憶に残る名曲だった。
清水みのる
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父親がまさしく、帰還兵で田畑義夫の歌が流れると聞き入っていた記憶があります。昭和19年12月に召集され、北方樺太方面の部隊に配属されて、すぐにソ連軍の捕虜となり終戦。3年間の捕虜収容所での強制労を経て日本に帰国出来たのは、昭和23年6月とのこと。20歳〜23歳の、今の時代に生まれていたならば、人生でいちばん楽しく希望に満ちる時期を極寒のシベリアの収容所で過ごした父が、今の若者を見たら何を思うか…。晩酌の酒に酔ってバタヤンの歌に目を閉じてもの思う父の姿が浮かびます。
投稿: イクちゃん | 2014年3月31日 (月) 18時25分