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2014年3月14日 (金)

手を上げて横断歩道を渡ろう運動

O0170012810396934457     この有名な交通安全の標語が生まれたのは1963年ころであろうか。正確な期日は明らかでない。日本に横断歩道が誕生したのは1920年1月である。東京の市電を横切るために設けられたことから、最初は「横断歩道」とは言わず、「電車路線横断線」と名づけられた。夢野久作「超人鬚野博士」(1935)には「犬を引いたまま横断歩道に出ようとすると」の一文がみえる。戦後、横断歩道が全国に普及したのは1960年以降である。高度経済成長の時代に入ると交通量の増加によって、交通事故が大きな社会問題となってきた。そうしたことから、交通の安全を図るための歩道橋やガードレールなどの整備が行われ、一方では、交通安全思想の普及が推進されるようになってきた。学校の登下校時に交通整理にあたる「緑のおばさん」が街頭に立つような制度は1959年11月19日からスタートした。緑の制服に黄色い腕章で黄色い旗を振った。正式名称は「学童擁護員」。東京都労働局が、母子世帯の失業対策事業として都内732の公立小学校へ1464人の配置を計画した。勤務時間は午前中2時間、午後3時間で、日当は当初315円だった。成瀬巳喜男「ひき逃げ」(1966)では高峰秀子が幼い息子が車にひき逃げされ、復讐したのち、交通安全のため「緑のおばさん」になるという物語だった。むかし「笑点」(1971)で座布団を運んでいた松崎真は毎週「手をあげて横断歩道を渡りましょう」といっていた。彼ほど交通安全に貢献したタレントはいない。

 

1959023
 
緑のおばさん 1959年11月

Img

   宝塚市の広報(№1166)に掲載された1枚の懐かしい写真。昭和38年のもので「手を上げて横断歩道を渡ろう運動」とある。栄町・歌劇場前交差点。1963年、全国的な交通安全キャンペーンが展開されたのである。

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