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2014年3月16日 (日)

有島武郎の文学的評価

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  有島武郎(1878-1923)は明治36年、森本厚吉とともに渡米、歴史や経済学を学ぶ。このころから信仰に動揺をきたし、ホイットマン、トルストイなどを耽読、また社会主義の影響を受けた。明治43年、「白樺」に参加し、大正5年、父や妻(神尾安子)の死などが転機になって作家としての本格的な活動が始まることになる。有島の「或る女」は近代リアリズム文学の代表作といえる。朝日新聞の「たいせつな本」で加賀乙彦が次のように書いている。(2008年3月16日付) 

日本の近代文学のなかで傑出した作品をひとつあげよと言われたら、私はためらいなく『或る女』をあげる。この作品を何度も読み、読むたびに新しい発見をして教えられる、長い間にそういう経験をしてきたからだ。 

   半世紀も世代が違うすぐれた現代作家からかくまで尊敬される有島武郎とは実にすばらしい作家であったことがわかるであろう。だが有島の晩年はロシア革命や社会運動の高まりに、親譲りの財産に依食する罪悪感に苦しむこととなり、人妻の波多野秋子との心中事件が、彼の文学的評価に何らかの影響があるものであろうか。同時代の吉野作造はいう。「彼の死には僕は徹頭徹尾服さない。すこぶる遺憾なことと彼のためにも惜しむ。彼に於て貴むべきは彼の死にあらずして彼の真と誠とで一貫した四十六年の生涯である。彼は死に失敗したが生に成功した人だと言っていい。生に成功したが故に、世人は誤って彼の死にもまた貴い何物かがあるらしく迷う。それだけ彼の生涯は立派なものであった」(「文化生活」大正12年9月号) 

    有島武郎「或る女」の文学性を加賀乙彦は次のように分析している。 

歴史的出来事と小説の時間とが密な関係を持つ手法を、有島武郎は、トルストイとフローベールから学んだと思われる。彼は欧米の近代文学の熱心な読者であった。日本の近代の長編小説には物語を情緒で流していくたぐいのものが多い。なるほど面白い話だとは思うものの、登場人物の性格が初めから一本調子で、その精神の深みに分け入るだけの作家の努力が希薄である。ところが『或る女』には、作品の構成によって主人公の内面の闇をつぎつぎに描き出していく複雑な手法が取り入れられている。 

    この加賀の短文を読んでみても、有島武郎『或る女』がそれまでの日本の小説には無かった主人公の近代性とか内面の性格描写に優れている点を特筆している。『或る女』の成立には、世界最高の文学と言われるトルストイの『アンナ・カレーニナ』やフローベールの『ボヴァリー夫人』の影響があることは明らかである。フローベールが『ボヴァリー夫人』を書くための膨大なメモが発見されたという記事を読んだことがあるが、有島も『或る女』を書くために緻密な準備をしていたようである。 

私は有島武郎の小説作法から、ずいぶんいろいろと教えられてきた。彼が『或る女』に到達するまでの、創作日記を研究し、試作品としての『或る女のグリンプス』と完成作とをくらべてみて、小説とはこれだけの用意と思索とをもってすべきだと思った。 

  加賀の一文を読んで、今日でも有島武郎の作品の価値は不朽のものであることがわかるが、大正時代に吉野作造が言った「生に成功した人」という評も当っているように思える。

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