「椰子の実」島崎藤村と大中寅二
島崎藤村(1872-1943)は明治30年、処女詩集「若菜集」を出版。孤独な青春の愛と苦悩とに身を揺られながら、自我に目ざめた清新純一な魂を、鮮烈な情感でうたいあげ、日本近代詩の栄光の扉をひらく。以後明治34年までに「一葉舟」「夏草」「落梅集」の三詩集を出版し、新詩人の第一位を占めた。
椰子の実
名も知らぬ遠き島より
流れ寄る椰子の実一つ
故郷の岸を離れて
汝はそも波に幾月
これは、詩集「落梅集」に収録された藤村の有名な「椰子の実」の一節である。海辺に流れ寄った南の海から来た椰子の実に寄せて、人生流離の思いを歌った詩、あるいは愛唱歌として広く知られている。もともと、この詩は柳田國男(1875-1969)が学生時代に、渥美半島の伊良湖岬に旅した時の体験がもとになってできたものだといわれている。柳田が伊良湖に滞在したのは、明治31年の夏、東京帝国大学の一年生の時だった。帰京して友人の藤村に椰子の実の話をした。そしたら「君、その話を僕に呉れ給へよ、誰にも云はずに呉れ給へ」といった。そしたら数年後に藤村の「椰子の実」として世間に広まったのである。
昭和11年、NHK国民歌謡として放送されると、この歌はさらに人々に愛唱されるようになる。作曲は教会オルガニストの大中寅二(1896-1982)。息子は「犬のおまわりさん」などの童謡で知られる大中恩。
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