ヒロシマは過去の歴史ではない
佐村河内守の「現代のベートーベン」事件は色々と考えさせられる。多くの人がその音楽に感動したことをブログなどに書いているのを今、読みなおすと尚更である。多分、数年経つと誰もかえりみないだろう。ヒロシマや福島原発事故をドラマや文学、音楽、芸術作品でモチーフとすることが多い。音楽やアートで癒す力があるのは事実ながら、おそらくメディアで取り上げられることが多いからという商業的打算がみえる。「ヒロシマは過去の歴史ではない」という発言が空しくひびく。先日NHKが放送したドラマ「足尾から来た女」も少しがっかりした出来だった。CGによる映像表現は素晴らしいものの鉱毒事件や社会問題への突っ込んだ話がない。サチという足尾の女と東京の歴史上の人物との交錯という話にすぎない。お茶の間で観るドラマはわかりやすく説明的すぎる展開なので、映画のような自然と人間との格闘というシーンは見られることは少ない。唯一は足尾の住居を解体するシーンだけであった。昨晩は映画「魚影の群れ」(1983)を観た。これぞ日本映画という優れた出来栄えだ。下北半島の漁港・大間の頑固なマグロ漁師と娘トキ子、そしてトキ子の恋人で漁師になろうとする青年の話。とくに巨大マグロの一本釣り漁の場面は圧巻である。アイドル映画の相米慎二という印象があるが、この作品だけは、骨太で重厚で観た者に大きな余韻を残す。テレビドラマでは出来ない映画らしいスケールの大きい作品となった。
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