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2014年1月28日 (火)

障子の張替えの教え

   北条時頼の母は、松下禅尼という。ある日、禅尼が息子の時頼を自分の家に招くことがあったので、部屋の障子の破れを手ずから切り張りしているのを見て、兄の安達義景が、召使にやらせるか全部張りかえるかしたらどうかと勧めると、「わたしも、時頼の招待のすんだあとは、さっぱりと張りかえようと思うけれども、今日だけはわざとこうしておくのがよいのです。物はなんでも破れている所だけつくろって用いるものであると、若い人に見習わせて、気をつけさせようと思うためです」と述べたという。 

   吉田兼好は『徒然草 第184段』のなかで「天下を治める道は倹約を根本とする。禅尼は女性ではあるが、聖人の心とあい通じている。天下を治めるほどの人を子として持っておいでになったことは、まことになみなみの人ではなかった」と感心し書きとめたため、今日まで倹約の名高い逸話となって伝わっている。

 

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