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2014年2月 1日 (土)

石橋忍月と「舞姫」論争

T01720250_0172025011768367054    明治・大正の評論家・石橋忍月の1926年の忌日。森鴎外は明治23年から翌年にかけて「舞姫」「うたかたの記」「文づかひ」の三篇を書いたが創作の筆を絶った。鷗外が再び活発な創作活動を始めたのはそれから約18年のちのことである。何故にこのような長い空白期間が生じたのか。その一因は「舞姫」の失敗にある。この小説は自伝の要素もあり、エリートでいるか、女性との恋愛に生きるかという、屈折した内面と近代人の自我の悩みを描いた最初の浪漫的な作品といわれる。しかし石橋忍月が「著者は詩境と人境との区別あるを知って、之を実行するに当っては、ついに区別あるを忘れたる者なり」と否定的見解を述べている。中途半端に終わった浪漫的小説の失敗が、鷗外に小説の筆を折らせたと考えられる。エリスのモデルは長年諸説あったが、近年、渡航記録などからドイツのシュチェチンで生れたエリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルト(1866-1953)という女性であることが判明した。(Elise Marie Caroline Wiegert、エリーゼ・ワイゲルト)

 

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コメント

私・小金井良精の孫の星新一の「祖父小金井良精の記」を見れば彼女に帰独するように勧めた私の苦労とその間の事情とが読め直せるのだが本が見つからない。なお最近私・小金井良精の日記が出版された。星新一は叔母に私の日記を託したがその後行方不明になったと聞いていた。日記は数冊の刊行だが一冊1万円を超え高くて買えない。

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