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2014年1月28日 (火)

近藤勇の虎徹は贋作か

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   近藤勇の差料が虎徹であったことは巷間よく知られているが、その刀は偽物だっという話もある。「虎徹を見たら偽物と思え」というほど贋作が多いことで知られる。 

   近藤から虎徹の刀をもってくるように言われた道具屋が、幕末の名工源清麿の刀の銘を、鍛冶平こと細田平次郎に潰させ、偽銘を切らせて持参したところ、刀の判らない近藤は大いに喜んだというのである。近藤は「下拙刀は虎徹の業物なりし故哉、無事に御座候」と書簡でも述べているように、あくまで本物と信じていた。池田屋事件のように清麿も本物に勝るとも劣らぬ切れ味を発揮したようだ。 

    越前の長曽祢鍛冶集団の一人虎徹興里(1596-1678)は、江戸に出て和泉守兼重に入門し、甲冑師から刀鍛治に転じた。明暦頃のことである。虎徹は抜群の切れ味のよさによって一世を風靡した。

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