劣等生だったジョン・F・ケネディ
ジョン・F・ケネディは、1917年5月29日にマサチューセッツ州ブルックラインで、実業家ジョセフ・P・ケネディ・シニア、ローズ・フィッツジェラルド・ケネディ夫妻の次男として生れた。少年時代のケネディは体が弱い子だった。生まれつき背骨に障害があり、怪我をしやすく、しばしば激痛に襲われた。1930年、13歳のケネディはカトリックの寄宿学校カンタベリー・スクールに入学したが体調不良になり、1年後に家に送り返された。父はケネディを兄の在籍していたチョート校に転校させた。しかし、もともと兄に対して激しいコンプレックスを持っていたケネディにとってチョート校での日々も楽しいものではなかった。チョート校の寮監先生は、ケネディの父親にこんな手紙を書いている。
「息子さんは土壇場にならないと勉強しませんし、約束の時間も守りません。ものに対する価値感覚がほとんどなく、自分の持ち物の置き場所もわからなくなります」
成績はどん底で、ラテン語に至っては落第している。勉強する気にさせることはとうてい不可能と思われた。良い成績を取ると、父親はヨットだのヨーロッパ旅行だの馬だのといった高価なものを買い与えたが、いったんプレゼントが手に入ると、また逆戻りだった。結局、未来の大統領は、112人中64番という成績でチョート校を卒業している。それでも卒業時のクラス投票では、「将来最も成功しそうな人」に選ばれた。
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