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2014年1月 4日 (土)

邪馬台国の謎を解く

Img_757235_62235075_0     邪馬台国がどこにあったのか?これまで九州説、大和説はじめ数多くの説が登場したが、最新の研究成果が知りたい。番組「ナゾ解き邪馬台国」では漫画家やくみつると小塚舞子がわかりやすく案内してくれる。解説は小路田泰直(奈良女子大教授)。考古学界の主流は圧倒的に畿内説となり、この番組も畿内説。▽邪馬台国への行程は魏志倭人伝の記述を素直に読み解く。▽福岡県糸島市にある平原遺跡から「大型内行花文鏡」(直径46.5cm)をはじめ、40面の鏡が出土している。糸島は「伊都国」と決定。▽魏志倭人伝に書かれた「南」ではなく「東」と読み替える根拠は、古代中国人の地理認識が日本列島を東西ではなく、南北に連なっていると考えていたからである。▽奈良までのコースは、瀬戸内海ではなく日本海コースをとる。出雲を「投馬国」とする。そして天橋立まで行くが、画像では直線的に進んでいるが、小路田は由良川→加古川→難波→紀ノ川→奈良と迂回コースで陸行一月を説明する。▽北九州最大の弥生集落「吉野ヶ里」は邪馬台国と敵対した狗奴国の前線基地と考える。▽遠山美都雄は卑弥呼は個人名ではなく、地位、身分の名であり、ヒメミコにあたるとする。実際は男の王がおり、卑弥呼は宗教的儀式(鬼道)を担当した。▽小路田は箸墓古墳の被葬者を卑弥呼と断定するが、今尾文明はなお断定をさけた。▽桜井市の纒向遺跡は卑弥呼の宮殿跡とする。▽卑弥呼を倭迹迹日百襲媛命とし、台与(とよ)は檜原神社の祭神、豊鍬入姫宮とし、伊勢神宮と関係すると解く。

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コメント

wink今年も勉強させてください。
邪馬台国はどこか?・・・・中国の正史を信用しすぎた過去のリサチャーです。

謎は謎として今後も探求者が続くでしょう。
札幌文学80号に役小角が額田女王に惚れる話を壬申の乱をバックに書きました。
二人は波乱万丈の人生の末に最後に年取って葛木山に草庵を結んで暮らす・・という話です。( ̄ー ̄)ニヤリ

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