無料ブログはココログ

« 高橋新吉 ダダと禅 | トップページ | 劣等生だったジョン・F・ケネディ »

2014年1月28日 (火)

ニーチェとシュティフター

    アーダルベルト・シュティフターの『晩夏』という小説は、読まれることが少ないのに、かなり有名な作品である。その理由は、この小説の評価がほとんど極端と言っていいほど、賛否両論に分かれているからである。シュティフターと同時代の劇作家フリードリッヒ・ヘッベルは、この小説を終わりまで読み通した人には「ポーランドの王冠を進呈しよう」と酷評したが、ニーチェは、繰り返して読むに値する僅かな作品の一つとして、「ドイツ文学の宝」と推賞した。ガストへの手紙では、ゲーテの「獅子のノヴェレ」のように「爽快で治癒力があり、愛情細かく、明るく晴れやか」といわれ、オーヴァーベックらにも再三これを読むよう奨めている。ベルトラムはニーチェのシュティフターへの共感を、秋の至福への思いやその中の教育的情熱からのものとしている。 しかしながらニーチェが、自らとは本質的に異質なシュティフターをこのように高く評価するのは、いかにも不可解と疑問視している学者もいる(「ニーチェ事典」山本尤)。それは、当時のニーチェのすべての文学評価を支配していたのは、ゲーテとワーグナーという二項対立的芸術家類型で、ピトレスク風で大仰なデカダンスのワーグナーに対する失望の間接的な表現として、その対極のゲーテとの近親性でシュティフターが持ち上げられたのではないかと山本は推測している。

« 高橋新吉 ダダと禅 | トップページ | 劣等生だったジョン・F・ケネディ »

「世界文学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 高橋新吉 ダダと禅 | トップページ | 劣等生だったジョン・F・ケネディ »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31