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2014年1月28日 (火)

ダ・ヴィンチとサンタマリア大聖堂の金球

A0169125_1730966 A0169125_1549511    レオナルド・ダ・ヴィンチは、パリ手稿Gで「私達がサンタマリア・デル・フィオーレの球を接合した方法を覚えている」と述べていて、ブロンズ球のデザインに携わっていたことを示唆している。当時、ダ・ヴィンチは彫刻家ヴェロッキオの弟子で、ヴェロッキオがブロンズの球の製作をしていた。「滝川クリステルのフィレンツェ紀行」でも紹介されていたが、クレーンを使っての取り付け工事に関係していと解説している。

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