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2014年1月28日 (火)

千姫と坂崎出羽守

   第2代将軍徳川秀忠の長女・千姫は、7歳で豊臣秀頼に嫁ぐ。炎につつまれた大阪城からの奇跡の脱出の時、徳川家康は姫を助けた者に妻として与えることを約束した。坂崎出羽守(直盛)は無事に千姫の救出を成し遂げた。しかし千姫は出羽守を嫌って、本多忠刻に嫁ぐことになった。出羽守としては約束を違えられて武士としての面目がたたなかった。 

   元和2年(1616)、本多忠刻と再婚のため江戸から桑名に向かおうとしたさい、出羽守は千姫の輿を奪おうと謀ったが、失敗し自害したという。この逸話は史実と巷説とが混在するが、坂崎出羽守は「愛のために死す」武将とてその名を後世に残すことになった。

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「日本史」カテゴリの記事

コメント

おはようございます

そう言って頂けると、坂崎出羽守由来の者は救われます。ありがとう。

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