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2013年12月 2日 (月)

ニーチェの雨傘

20120509    あるバラエティ番組で山岸舞彩という美人アナが登場。「本を読んでいる知的な姿が好き」といい、ニーチェの「この人を見よ」をスタッフが出す。有田哲平が「哲学書を読んでいる奴はカッコつけているだけで、中味は分かっていない」という。難解な本ということで代名詞のようにニーチェが選ばれたのであろう。漱石や鷗外が日本に紹介してから、ニーチェのその存在は古典ともいえる。たとえば「永遠回帰(Ewige wiederkunft)とはニーチェの思想の基本概念のひとつである。著書「ツァラトゥストラはかく語りき」の中で「存在の車輪は永遠に回帰する。すべては滅び、すべてがふたたび花ひらく」とある。人間の悲喜こもごもの生をはらみつつ万有は永遠の円環運動をなすと解され、その根底には原子論的世界観が認められる。ちなみに井上陽水「傘がない」はニーチェが1881年にノートに書き込んだ断章にインスパイアーされて作ったというが本当であろうか。ジャック・デリダが同年1972年に「ニーチェと文体の問題」でこの断章を問題に取り上げている。

   「私は雨傘を忘れた」というメモは何を意味するのであろうか?

    逸話としてニーチェは、雨のときも晴天のときも赤い日傘を携えていたといわれる。その傘で、自分を頭痛から守ってくれる役割を期待していたのであろう。その大切な傘を忘れるということは、健康を取り戻し、病気に対する配慮をしなくてもいいようになったということであろう。つまりニーチェにとって、傘は病気を連想されるものであったが、「雨傘を忘れた」とは健康に対する不安がなくなったということを意味すると解する。(参考;清水真木「ニーチェにおける雨傘の問題」広島大学総合科学部紀要Ⅲ人間文化研究11,2002年)

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