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2013年12月10日 (火)

クレオパトラの鼻

Cleopatra   「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は変わったであろう」という言葉は17世紀の哲学者ブレーズ・パスカルの「パンセ」(随想録あるいは瞑想集)の中にある有名な警句である。原文を正確を訳すと少し異なる。

  人間のむなしさを十分知ろうと思うなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めてみるがいい。原因は、「私にはわからない何か」(コルネイユ)であり、その結果は恐るべきものである。この「私にはわからない何か」、人が認めることができないほどわずかなものが、全地を、王侯たちを、もろもろの軍隊を、全世界を揺り動かすのだ。クレオパトラの鼻。それがもっと短かったなら、大地の全表面は変わっていただろう」(「世界の名著24」前田陽一、由木康訳)

  われわれ日本人は鼻が高いことは美人であると考えるが、西洋人にはそのような美醜のニュアンスは含まれていない。つまり思いも寄らない些細なことで、世界は変わる、と言いたかったのであろう。芥川龍之介は「侏儒の言葉」の中で、

   クレオパトラの鼻が曲がっていたとすれば、世界の歴史はそのために一変していたかもしれないとは名高いパスカルの警句である。しかし恋人というものはめったに実相を見るものではない。いや、我々の自己欺瞞はひとたび恋愛に陥ったが最後、最も完全に行なわれるのである。アントニイもそういう例にもれず、クレオパトラの鼻が曲がっていたとすれば、つとめてそれを見まいとしたであろう。また見ずにはいられない場合もその短所を補うべき何か他の長所をさがしたであろう。

   芥川はそこから、「人間の自己欺瞞」ということを引き出して、「二千余年の歴史は眇たる一クレオパトラの鼻のいかんによったのではない。むしろ地上に遍満した我々の愚昧によったのである」と結論づけている。(KleopatraⅦ)

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