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2013年12月 6日 (金)

函館罹災史

3532
 函館市街全景 明治9年

    北海道の歴史は函館に始まる。北海道の玄関口であると同時に経済・文化の中心でもあった。函館は津軽海峡に突出している地形のため強風が吹くと大火を引起すことがある。また函館には大きな川がない。函館は日本一大火の多い町といわれる。明治40年には焼失戸数12390戸、昭和9年には24186戸に達する大火があった。とくに昭和9年の函館大火は3月といっても北国の函館はまだ寒い。焼死者が650人で、吹雪の中を逃げた被災者、負傷者のうち385人が凍死した。その後になっても収容後の死亡者も増加したので、死者2166人、重傷者2318人に達する大惨事となった。

明治からの災害を略記する。(火災は焼失戸数1000戸以上)

明治2年4、5月  戦災  箱館戦争

明治4年9月12日 大火  1123戸焼失

明治6年3月23日 大火  1314戸焼失

明治12年12月6日 大火  2326戸焼失

明治29年8月26日 大火  2280戸焼失

明治32年9月15日 大火  2494戸焼失

明治40年8月25日 大火   12390戸焼失

大正2年5月4日  大火  1532戸焼失

大正5年8月2日  大火  1763戸焼失

大正10年4月14日 大火  2141戸焼失

昭和4年6月 駒ケ岳大噴火  8ヶ村被害

昭和9年3月21日 大火   24186戸焼失

昭和20年7月14,15日 空襲  死者79人

昭和29年9月26日 洞爺丸沈没 死者1430人

なお、寺田寅彦には防災対策の必要性を説いた「函館の大火について」がある。(「中央公論」昭和9年5月)

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