寺田寅彦と厄年
寺田寅彦の1935年の忌日である。最初の随筆集「冬彦集」に「厄年とetc.」という面白い一文がある。
厄年の峠を越えようとして私は人並みに過去の半生涯を振り返って見ている。(中略)私は過去の旅行カバンの中から手探りにいろいろなものを取り出して並べて見ている。見ているうちに私はこの雑多な品物のほとんど大部分が皆もらいものや借り物である事に気がついた。自分の手で作るか、自分の労力の正当な報酬として得たもののあまりに少ないのに驚いた。これだけの負債を弁済する事が生涯にできるかどうか疑わしい。しかし幸か不幸か債権者の大部分はもうどこにいるかわからない。(中略)過去の旅嚢から取り出される品物にはほとんど限りがない。是だけの品数を一度に容れうる「鍋」を自分は持っているだろうか。鍋はあるとした上でも、これだけのものを沸騰させ煮つめるだけの「燃料」を自分はたくわえているだろうか。この点に考え及ぶと私は少し心細くなる。



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