皇后ジョゼフィーヌ
1809年のこの日、ナポレオンは子供が生れないことを理由に最初の妻ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネと離婚した。ジョゼフィーヌは西インド諸島のマルティニク島の農園領主の娘。パリにでて結婚し、ボーアルネ子爵婦人となった。社交界ではおしゃべりで無教養な女と思われていたが、子爵との間には息子ウジェーヌ、娘オルタンスが生れた。しかし革命中、子爵は反革命分子として処刑された。彼女は総裁バラスの愛人となったが、ジョゼフィーヌに飽きたバラスはナポレオンに紹介した。1796年3月9日、ナポレオンと結婚した。ジョゼフィーヌは浮気であったが、ナポレオンは彼女を愛した。皇帝となったナポレオンは、世継ぎをえるため、ジョゼフィーヌと離婚し、ハプスブルグ家のマリー・ルイーズと結婚する。1811年、マリーはナポレオン2世を出産する。しかし翌年、ロシア遠征に失敗し、転落に追い込まれる。ジョゼフィーヌは、ナポレオンがエルバ島に流されていた間、マルメゾンの宮殿で死んだ。この知せを聞いたナポレオンは数日間ふさぎこんでいたという。ジョゼフィーヌはナポレオンにとっては勝利の女神だった。(Napoleon, Josephine)


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