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2013年12月20日 (金)

てるくはのる

寒さにふるえた者ほど太陽をあたたかく感じる(ホイットマン)

ウォルター・ホイットマン(1819-1892)はアメリカの詩人。

全て偉大なるものは青春において作られる。その後の人生は注釈に過ぎない(ゲーテ)

  ゲーテ(1749-1832)はドイツの偉大な文学者。このような偉人の名言を集めた本は無数に出版されている。岡村浩昌はどのような気持ちで「すぐに役立つ名言名句活用新辞典」(あすなろ出版)を手にしていたのか。孤独な日々のなか、言葉はただ虚ろに響いていたのだろうか。

甘美なイメージを甘美なものとして、受け取ることの中にある青春を私は偽物であると断定する(伊藤整)

Img_0008_2       伊藤整の偽善的な青春に対する反発は共感するものがあったかもしれない。岡村は1999年12月に起こした京都小学生殺人事件の犯人で、識別記号「てるくはのる」と名乗っていた。この奇妙な名前の謎解きはマスコミが興味本位で色々と騒いたが、結局、名言辞典の索引ページに書かれた6つの末尾の文字をつなげただけのもので、特に意味はないものとして、やがて世間やマスコミの関心は薄れていった。岡村は2000年2月に投身自殺したため、被疑者死亡により不起訴処分となり、事件の真相は不可解なまま永遠のベールに包まれる。岡村は中学のときは成績優秀であったが、第1志望の高校の受験に失敗し、府立高校に入学した。高校生活は孤独であったらしく、1年休学して4年で卒業した。卒業時、単位が足りなかったが、追試を条件に学校側は岡村を卒業させることにした。1999年4月のある日、岡村は母校の担任教師を訪ね、「できれば、卒業せずに高校に残りたかった。単位が足りないのに卒業させられたことは納得いかず、すっきりしない」と言い、大検を受けたいので、卒業を取り消して中退扱いにしてくれと頼んだが、学校側には受け入れてもらえなかった。この経緯からは学校への不満とともに青年の潔癖さ、純粋性がみてとれる。岡村は学校や社会にメッセージを残したかったであろうが、手立てがわからず、差し当たり手元にあった名言集から選んだ。ただ伊藤整の言葉は岡村の言いたかったことを代弁しているような気がする。

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コメント

大阪市は様々な改革を進めているのでまだまとも。京都市の腐敗ぶりはもっと根が深い。醍醐東市営住宅は一応立て前は公開抽選に当選しないと入居できない事になっているが老朽化したコンクリートブロック住宅を建て替える際先ず醍醐中市営住宅を5棟を新築しそこに全世帯入居させた。そこで終わらず、その少し上の丘陵地に醍醐東市営住宅を20棟新築した。その醍醐東市営住宅に一旦中市営住宅に入居して1年半程度しか住んでいない世帯を数件再入居させるという裏技を使った。引越しの度にかかる引越し費用は全て京都市の公費つまり税金である。その東市営住宅には京都市の元正職員や現職員家族関係者が現在も住む。名義は無職の職員家族になっているが元職員の老夫婦もいる。団地の約半分の世帯がペットを飼育。偽装の精神疾患や障害者が殆どその人間達に共益費や駐車場代金を集金させそのうちの4割程度を助成金等と称して一部の人間達に手渡していた。表向きは団地住民の為に使うという事になってはいるが領収書等の報告義務はないので一部の人間にわたる。階下住人に対して深夜1時前後から鈍器のようなもので床を叩き続けたり重低音の音を流したりする女などは迷惑行為を通り越した犯罪。これら政務活動費を偽宗教法人に垂れ流した市議が庇護する地域での出来事。最後に生活保護を受給し続けベンツ2台所有し山科区に家を建て古い家財道具を公費で処分させた女。偽装障害者は出かける時だけ車椅子に乗り普段は共用廊下に置きっぱなし、犬の予防接種も無料、偽装障害者一家は車椅子を共用廊下に置きっぱなし。偽装残留孤児の女は20年以上生活保護を受給し車を所有し週末になると男が出入りし男の黒の大型車は団地の駐車場の来客用スペースにに堂々と止めている。そしてシラをきれるようあらゆる不正不法行為は閉庁後に行われている。早急に実態把握と詳細調査を

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