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2013年12月20日 (金)

五胡十六国と仏教

01photo20    インドにおこった仏教は、西域をへてすでに1世紀ころに中国に伝わったというが、社会一般に広まったのは4世紀からである。とくに五胡十六国時代には、北方もしくは西方漢民族の支配のもとで、中国の伝統思想にしばられることがなかったために、皇帝の保護のもとで仏教が繁栄し、とくに北魏(386-534)では国家仏教としてさかんになった。山西省大同にある雲崗石窟は、453年に開鑿がはじまり、520年頃まで掘り続けられた。

   儒教は、漢人官僚社会の教養、道徳、倫理としてつづいたが、民衆はむしろ太平道にひきつけられこれに老荘思想を加味し、のちに道教とよばれ宗教が生まれた。三思想が融合に向かったが、道教がしだいに勢力を確立してくると、同じ宗教団体としての仏教と激しい争闘をおこすこととなった。このさい道教徒は、つねに権力者とむすんで仏教を排撃した。その代表的なものとしては、第一に寇謙之が北魏太武帝の尊信をうけて仏教に弾圧を加えた(446年)。ついで北周武帝の廃仏があり(574年)があり、第3回目にもっとも大規模な唐の武宗の廃仏がおこった(845年)。仏教はその後復活したが、仏教が支配階級によって受け入れられると、道教は庶民の中にいきつづけた。

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