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2013年11月12日 (火)

山本太郎手紙問題と京大天皇事件

220pxkyoto_university_tenno_inciden   2013年10月31日午後、赤坂御苑で開かれた秋の園遊会で山本太郎参院議員が天皇陛下に直接手紙を手渡した。手紙の内容は「原発事故での子どもたちの被曝や事故収束鷺要因ま劣悪な労働環境の現状を知ってほしかった」と山本は記者団に説明した。手紙そのものは天皇陛下が直接読むことはなかったが、山本の行為が「天皇の政治利用にあたるのではないか」という点で大きな論議となる。天皇への直訴は、1901年の田中正造天皇直訴事件や、1927年に北原泰作が名古屋で陸軍特別大演習観兵式で直訴した事件などと比べることが多いが、むしろ人間宣言した後の1951年の京大天皇事件との関連性をみるべきだろう。1951年11月12日、京都大学自治会は天皇が学校を視察した際、天皇に公開質問状(内容は講和問題)を手渡そうとしたが、大学に拒否され、学生は「平和を守れ」と合唱した。待機していた警官隊に排除され、この事件は1人の逮捕者すら出ない突発的ハプニングにすぎなかったが、後日、国会審議で学生の態度を「不敬」などとして非難し、マスコミや一般世論も京大を非難した。結局、学生8名の無期限停学処分が下された。質問状には「神様だったあなたの手で我々の先輩は戦場に殺されました。もう絶対に神様になるのはやめて下さい。「わだつみの声」と叫ばせないでください。京都大学学生一同」とある。天皇に手紙を出すことが不敬であるというのであるのは、天皇が神のように恐れおおい存在であるということであり、やはり一個人ではないということを多くの日本人が認識しているのであろう。今回の山本議員の顛末は海外からはどのような反応があるのだろうか。

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