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2013年11月12日 (火)

正宗得三郎

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 正宗得三郎「ナポリの女」

    正宗得三郎(1883-1962)。明治16年、岡山県和気郡穂浪村(現・備前市穂浪)に、正宗浦二の三男として生れる。母は讃岐の人、岡田真治の二女美禰。正宗家は200余年続いた旧家で、屋号を亀屋といった。兄弟妹9人。そのうち2人は夭折したが、長兄忠夫(白鳥)は文学者、次兄敦夫は国文学者、六弟巖敬は植物学者として、それぞれ名をなした。

   得三郎は大正2年、渡仏する。大正10年に再び渡欧し、大正13年に帰国。昭和元年から7年まで成城学園で教鞭をとる。戦後、黒田重太郎(1887-1970)、中川紀元(1892-1972)らと第二紀会(のち二紀会)を結成した。得三郎はアンリ・マティスに学んで、フォービスムの画風を日本に紹介した。

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