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2013年10月13日 (日)

むすめ踏切番・井上くら

Photo_3     かつて国鉄には女性の踏切番が全国に大勢いたらしい。いま「踏切番」という用語は放送禁止で「踏切警手」「踏切保安係」と言い換えられる。したがって松山恵子の歌謡曲「むすめ踏切番」(昭和33年)もラジオで聞くことができない。昭和16年10月14日の朝日新聞に兵庫県飾磨市細江の井上くら(55歳)が35年間も踏切番を続け、無事故であることから大臣から表彰されたという記事がある。なんと明治44年の20歳の頃から昭和16年に至るまで、女ながら地道に精進したことが軍国美談として新聞記事にも大きな扱いとなっている。大正時代には、流行歌のように全国に「むすめ踏切番」がいたのだろうか。飾磨(しかま)市とは聞きなれないかも知れないが、姫路市南部の地区で、昭和15年から21年まで市であった。井上くらは飾磨港線天神踏切の警手だった。

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