無料ブログはココログ

« 夕張市の人口推移 | トップページ | アルファベット12文字の英単語 »

2013年10月19日 (土)

サラダが食卓にあげられたのはいつ頃からか?

Photo_cabbage3   生野菜を主材料として、ドレッシングやマヨネーズなどであえた料理サラダsaladは現在の食卓に欠かせない一品となっているが、いつ頃からであろうか。1960年代、もちろんサラダは普及しているが、それはレストランや軽食にトースト、コーヒー、サラダと喫茶店やホテルで出るものであり、家庭の食卓をかざるものではなかった。新鮮なサラダを毎日食べるには冷蔵庫が必要である。そして鮮度が落ちない物流システムが確立される必要がある。

   中谷宇吉郎の「サラダの謎」(初出「あまカラ」1960年1月5日)がある。

私はごく普通のフランス風のサラダが好きである。レタスとトマトと、酢とオリーブ油でドレスしただけの簡単なサラダのことである。洋食は、一般にいってあまり好かないが、このサラダだけは例外で、食卓に出ていると、つい先に手が出る。ものの好き嫌いなどというものは、たいてい子供の頃か、せいぜい20代までの生活環境できまるものらしい。私がこのサラダを好きになったのは、若い頃、もう30年も昔のことであるが、ロンドンに留学していた頃に、下宿で毎晩非常にうまいサラダを食わされたのが、今日まで後をひていいるようである

   中谷宇吉郎は1900年生まれであるが、サラダ好きの物理学者の一文をもって、日本人は戦後サラダをよく食べていたと即断してはいけない。むしろ中谷は少数派の日本人で、1900年前後の生まれの日本人はほとんどサラダは食べていなかったのではないだろうか。青空文庫で「サラダ」と検索しても、太宰治(1909年生まれ)の僅かの短編に「サラダ」の文字が見られるものの、きわめて稀にしか文学作品に現れることはない。書誌で調べると、

近代的サラダの作り方 附・ドレッシングの調合法 村松信太郎編 国際料理研究所出版部 1939年

サラダ 飯田深雪 雄鶏社 1957

おいしいサラダ縫え和種 榊叔子 婦人画報社 1958

   などきわめて少ない。おそらく小津安二郎の映画作品に見られる食卓にはサラダをみることはないだろう。現在みられるように各家庭の食卓でサラダが普及するのは1970年代をまたねばならい。

   では世界のサラダの歴史をみると、古くはローマ時代にさかのぼることができる。ローマの初代皇帝アウグストゥスは病気にかかった際、レタスを食べて一命をとりとめた、という逸話が残っている。サラダの出現は中世イギリスとフランスにみえる。14世紀末にイギリスのリチャード2世の料理長がサラット(ラテン語のsal(塩)から)という名で製法をしるしているが、それによるとパセリ、セージ、ニンニク、タマネギ、ハッカ、ウイキョウなどを洗ってこまかにさき、生のアブラとまぜ酢と塩をかけて食卓に供した。この時代は、香料植物を主材料にしていたらしいが、16世紀には野菜、17世紀には魚やエビ、鶏肉、18世紀には果物を加えた。一説によると、サラダの名称は、フランスで16世紀のころに用いられた半球状の兜のことをサラードSaladeと呼んでいたが、サラダをあえたり盛ったりするサラダ・ボールの形がそれに似ているところからつけられたといわれている。

« 夕張市の人口推移 | トップページ | アルファベット12文字の英単語 »

料理」カテゴリの記事

コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 夕張市の人口推移 | トップページ | アルファベット12文字の英単語 »

最近のトラックバック

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31