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2013年8月19日 (月)

お通という理想的女性像

   吉川英治の「宮本武蔵」では、武蔵と小次郎は実在の人物であるが、お通、本位田又八、その親のお杉婆、恋人朱美、その母のお甲などはみな吉川英治が創作した架空の人物である。吉川英治が朝日新聞の夕刊に連載をはじめた昭和10年ころは、人気作家でありながら、自ら創刊した「青年太陽」が危機的状態で、最初の妻やすとは離別状態であった。そのころ43歳の吉川英治は16歳の池戸文子と銀座の料亭で知り合う。お通の描写が清々しいのはどうやらこの少女のイメージが投影されているからであろう。お通は小説では、こう描かれている。

孤児であるうえに、寺育ちのせいもあるのだろう、お通という処女は、香炉の灰のように、冷たくて淋しい。年は、去年が十六、許婚の又八とは、一つ下だった。

    お通のイメージは吉川英治にとっても理想的女性像になっている。それは多分に古風で、貞節で、ひたぶる情熱を秘めた美しい女性像である。これまで映画化されたお通役の女優といえば、轟夕起子、宮城千賀子、相馬千恵子、八千草薫、入江若葉などである。お通になぜかタカラヅカ出身の女優が多いのは「清く、正しく、美しく」のモットーの表れであろうか。実はお通・タカラヅカに熱き想いをよせたのは我らが千恵蔵御大なのだ。

   片岡千恵蔵は、昭和12年3月に千恵プロを解散し、日活「謳え春風」に続く第2作は吉川英治「宮本武蔵」(尾崎純監督)と決まった。ところが、お通が決まらなかった。千恵蔵は少し前、宝塚劇場に「モオンブルウメン」というミュージカルを見た。「あれ、なんとう女優だ?」「月組のトップスターで轟夕起子というんだよ。トルコという愛称で大変な人気だ」同行した曽我の説明を聞いて千恵蔵はうなずいた。そして引き続き、トルコさんがジュリア役を演じている「気まぐれジュリア」を見に行った。こんどは楽屋まで訪ねて、トルコはびっくりした。34歳の時代劇スターは、19歳のプリマドンナの甘く初々しい美しさに惹かれた。千恵蔵は製作会議で強硬に轟夕起子のお通起用を主張した。これまで宝塚から映画界入りは霧立のぼるくらいであまり例がなかった。この美男美女スターの共演は熱狂的な人気を呼んだ。続くマキノ正博監督「江戸の荒鷲」で轟が目を傷めた事件が婦人雑誌の大ニュースとなり、そのことが縁でマキノ正博と轟は結婚する。お通・轟は1本だけで終わった。千恵蔵にとつてみれば自分が宝塚から彼女を引き抜いてきたのに、まんまとマキノ正博に横取りされたかたちとなった。だが戦後のGHQ時代劇禁止時代の多羅尾伴内「シリーズ第一作七つの顔」(昭和22年)にも富豪令嬢・馬場きみ子役で轟とは共演している。千恵蔵が背広にソフト帽の姿で拳銃を撃つ。「ある時は老探偵多羅尾伴内、ある時は片目の運転手。またある時はインドの魔法使い。しかしてその実態は、正義と真実の人、藤村大造」この名台詞とともに映画は大ヒットした。やはり千恵蔵=轟共演は大衆に受ける要素があるようだ。

Img_555862_9353689_0    轟夕起子の引き抜きで日活と宝塚でいざこざはあったものの、次のお通も宝塚の東風うららという研究生が抜擢された。芸名は宮城千賀子に決まった。監督は稲垣浩。しかし撮影中に千恵蔵は病気となり完成までに1年を要した。「宮本武蔵」の映画は数多いがこの戦前の稲垣浩を第一とする人は多いであろう。戦後の稲垣浩(東宝)では三船敏郎・八千草薫だった。純情可憐な娘という容姿の点では八千草・お通が一番かも知れない。ここまでが、タカラヅカお通で、内田吐夢監督は入江たか子の娘入江若葉を起用、ダイナミックな演出とリアリズムの武蔵が生まれる。テレビにもお通はよく登場する。梓英子、古手川祐子、賀来千香子、鶴田真由、米倉涼子。今後も新進女優によるお通が生まれるであろうが、お通は日本的女性の理想像なのであまり現代的イメージの強い女優はふさわしくないような気がする。(参考:田山力哉「千恵蔵一代」)

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