モーム「人間の絆」
サマーセット・モームの最大の作品である『人間の絆』に、クロンショーなる変わり者が登場し、「人生とはペルシア絨毯の絵模様のようなもので、何の意味もないものだ」という有名な文句がある。主人公フィリップは無数の無意味な人生体験から、できるだけ美しい意匠を織りなそうと努力するが、だが、考えてみると、世にも単純な絵模様、つまり人が生まれ、働き、結婚し、子どもを持ち、そして死んでいく、ということも完璧な意匠であることに気がつく。幸福に身を委ねることはある意味で敗北の承認かもしれない。だがそれこそは多くの勝利よりもはるかに立派な敗北だったのだ。これがフィリップの結論であった。
ところで「人間の絆」の中に「人間というものは愛が得られないためよりも、金が得られないために自殺することが多い」ともある。どうやら統計的にみても事実だ。警察庁の発表によると、2012年の自殺者は27,858人だが、自殺の理由は健康問題が最も多く、経済・生活問題、家庭問題、勤務問題の順だという。それにして毎年3万人近くの人が自殺しているとは驚きである。実は変死はこの中に含まれていない。変死など原因不明を入れた実質的年間自殺者は10万人を超えるという推測がなされている。
時代的にみると、明治末期の10年間は、自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)は16から19で20を超えたことはなかったが、大正時代では17から20とやや増加した。昭和初期の10年間はさらに増加して20から22となった。戦後は逐年増加の傾向を示し、昭和33年から35年には20から25と記録的上昇を示した。その後は減少傾向を示し、昭和42から43年には13と低下した。その後は漸増傾向にあったが、昭和49年末のインフレ不況のなかで自殺率が急増した。平成18年の自殺率は23.7である。平成10年から11年連続で自殺者が3万人を超えるという深刻な状況が続いている。諸外国と比較しても日本は自殺率が高い国である。自殺の原因は複雑であり、一概には言えないが、神経衰弱、生活苦、将来不安、事業の失敗、家庭不和、厭世、失恋、病苦などいろいろある。複雑な条件がからみあっているだけに、真相を解明することは難しい。とくに平成10年以降の自殺者の増加には社会的経済的な要因が影響していることは明らかであり、格差社会という競争原理社会の一面がうきぼりにされている。
参考文献;大野直美「人間の絆についての一考察」山村女子短期大学紀要9 1997年
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自殺が10万人あたり23人もの日本、つまり年間3万人超えていたが、昨年は久しぶりに3万人を切ったとか、読んだような・・でも、お隣の韓国は日本よりも比率高いそうだ。
若者の就職難の悲惨は、日本も韓国も。
新自由主義のカラクリは何とかしないと、日本は亡びます。
投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2013年7月18日 (木) 23時32分