国家の害悪
大江健三郎の「あいまいな日本の私」を読んでいると、終りのほうでスピノザが登場する。「私が小説家としての暮らしに長い休暇をとり、スピノザを読んで暮らすことにしましたのも、自分の生の終わりをひかえて、このような新しい希求につき動かされるからなのです」。つまり、「広島、長崎にいたった、そしてそれ以後も決して完全に治っているとはいえない国家の病患から、私たちは快復しなければならない。」とある。日本人はどうにも懲りない性分らしい。福島第1原発事故が収束もしていないのに、政府は原発再稼動・輸出を進めている。大量の使用済み核燃料をどう処理・処分していくのか。「国家が人間性質にとっていとわしいやり方で行動する場合には、その国を滅ぼす方が害悪が軽微で済む」とスピノザはいっている。
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