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2013年7月27日 (土)

プロ野球における入場テーマ曲の起源

200708   自分の持っているエネルギーを100%出すことを心理学で「サイキングアップ」という方法がある。アップテンポの音楽を流して、自分が勝つイメージを高めテンションを上げていく方法である。2000年頃から巨人の清原和博は、まるでレスラーがリングに向かうように気持ちを奮いたたせて、長渕剛の「とんぼ」ょ入場曲に選んだ。プロレスやボクシングなどの格闘技では、以前から選手が入場する時にテーマ曲が流れていた。1974年8月に国際プロレスのビリー・クラハムが「ジーザス・クライスト・スーパースター」を入場時に流したのが、日本での最初といわれている。1976年からミル・マスカラスがジグソーの「スカイ・ハイ」を入場曲に使ったところ好評で、これ以降、入場曲が普通に流れるようになった。アントニオ猪木の「炎のファイター INOKI BOMBA-YE」などが代表的である。プロ野球において、誰がいつ最初に入場曲を始めたのか正確に資料がなくわからない。1990年代末から2000年にかけてであろう。それまで野球の応援団が、自チームが攻撃中において演奏する「チャンステーマ」(1959年)といわれ曲があった。巨人ならば「ザ・ヒットパレード」である。原曲はフジテレビの番組のテーマソングでスマイリー小原とスカイライナーズが演奏した曲である。同じく近鉄応援団が1990年代末に、「暴れん坊将軍のテーマ」を演奏していた。現在も横浜DeNAの中村紀洋の入場曲として知られている。

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