無料ブログはココログ

« 荻昌弘の書斎術 | トップページ | 金閣寺と銀閣寺 »

2013年7月 2日 (火)

誰がために鐘は鳴る

51zfeeghggl   1961年のこの日、ヘミングウェイはアイダホ州ケッチャムの山荘で、双発猟銃を口にくわえ、自らの手で自殺した。

For whom the bell tolls.

 誰がために鐘は鳴る

  このアーネスト・ヘミングウェイの小説の題名は、17世紀の僧侶詩人ジョン・ダンの信仰録「Devotions」(1624)の中の17節からの引用で、「それ故に人をつかわして誰がためにかの弔鐘は鳴るかを訊ぬるなかれ、そは汝のために鳴る」というのが出処である。つまり、「弔鐘は万人のため」それがたとえ一人の死の鐘の音であっても、ただちに人類共感の鐘である、といった意味である。

    ヨーロッパから発達した二つの政治観念が、1920~30年代に世界に広まり、それぞれ革命運動を生み出し、政治体制をつくりあげ、20世紀の歴史を動かす二大要因となった。一つは、マルクスの思想に始まり、ロシア革命を引き起こした共産主義である。レーニンの死後、ソ連ではスターリンの独裁体制がつくられた。もう一つの政治観念はドイツとイタリアを中心としたファシズムである。ファシズム体制に対して英米仏は西欧民主主義を擁護する陣営として次第に結束していく。スペインの内乱はファシズムと民主主義勢力との小規模な世界戦争の観を呈した。アメリカの作家ヘミングウェイはスペインへ渡り、この内戦に関する小説を構想していた。当時、やはりみずから進んで人民政府軍に身を投じ、飛行士として活躍していたアンドレ・マルローとマドリードで会い、おたがいにこの内戦を題材とした小説を書こうと約束した。そして、マルローは『希望』を、ヘミングウェイは『誰がために鐘は鳴る』を書いた。当時、アメリカの国内世論は孤立主義を守って非戦論に傾き、参戦できずにいた。

    スペイン内戦が共和国の敗北に終わると、ヘミングウェイは第二次大戦を予感した。1939年9月、第二次大戦が勃発すると、へミングウェイは『誰がために鐘は鳴る』を発表してアメリカ国民に向けて、「もし我々がここで勝つなら、我々はいたるところで勝利するだろう。この世界は美しいところだ。そのために戦うに値する」と訴えた。それはベストセラーとなって国民を反ファシズムの戦いへと喚起した。アメリカが参戦したのはそれから1年後である。(Ernest Hemingway)

« 荻昌弘の書斎術 | トップページ | 金閣寺と銀閣寺 »

「世界文学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 荻昌弘の書斎術 | トップページ | 金閣寺と銀閣寺 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31