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2013年7月27日 (土)

会津降伏開城と泣血氈の誓い

Battleroujou03b

    明治元年9月22日、鶴ヶ城に白旗が掲げられ、1ヶ月にわたる籠城戦が終った。降伏式は、追手門前、甲賀町通り路上で行われた。式場に薄縁という縁布をつけた茣蓙を敷き、その上に約4.5m四方の緋毛氈が敷かれ、降伏の調印が行われた。会津藩からは松平容保・喜徳父子、新政府軍からは薩摩藩の中村半次郎が式に臨んだ。

1    降伏式終了後、秋月悌次郎が緋毛氈を細かく切り分け生き残った会津藩士に配った。それは後に「泣血氈(きゅうけつせん)」と呼ばれ、会津の人々の心に深く刻まれることとなる。右画像は内藤家(内藤介右衛門信節)に伝わる泣血氈。

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