無料ブログはココログ

« なぜ第1創作集が「晩年」なのか? | トップページ | 金大中のような左右対称の名前 »

2013年6月 8日 (土)

文科か、工科か?

    若き日、誰でも自分の進路は悩む。大映「続高校三年生」(1964)。早川孝(倉石功)は秀才だが進路で悩んでいた。父は孝を工科に進むことを望んでいたが、色弱であることを秘密にしていた。(むかしは色弱や色盲は不合格になったらしい)結局、弟が工科へ、孝は文科へ進学することになる。1960年代の青春映画といえば、やはり受験戦争の色彩が濃い。工科で技師となって大企業に就職するというコースは親孝行の典型だろう。文科でも法科や経済ならまだしも、文学部というのはどこか親に申し訳ないという気持ちがある。学校で習得した知識を発揮できるのに時間がかかるし、頂上が見えにくい分野なのだ。工科や医学は社会で即戦力となろうが、哲学や文学では先が見えない。そんなとき何時も「大器は晩成なり」と呟くことにしている。この成句は老子にみえるが、あまり知られていないが後漢の伏波将軍といわれた馬援(前14-後49)の故事に見える。兄の況がいう。「お前はいわゆる大器晩成型だ。腕の立つ大工は、山から伐り出したばかりの、どんな材木も時間と労力をかければ、自分の好きなように細工してしまう。お前も自分の持味を生かし、時間をかければ大人物になるだろう。自重してやれ」この忠告を守った馬援は、うまず、たゆまず、自己の啓発につとめ、のちに果たして歴史に残る有名な人物となった。この話は「後漢書」馬援伝に見えている。

« なぜ第1創作集が「晩年」なのか? | トップページ | 金大中のような左右対称の名前 »

「ことば」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/111590/51961169

この記事へのトラックバック一覧です: 文科か、工科か?:

« なぜ第1創作集が「晩年」なのか? | トップページ | 金大中のような左右対称の名前 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31