読書三昧
20世紀の経済学の大家といえばジョン・ケインズ(1883-1946)。彼の趣味は専門の経済学のみならず、貴重書の収集、絵画やバレエと多趣味だった。遺言は「人生のただ一つの後悔はシャンパンをもっと飲まなかったことだ」。ドラッカーは、晩年まで仕事に直接関係のない分野を選んで、勉強することを怠らなかった。
近世文学でしられた板坂元(1922-2004)は「ちょっと小粋な話」「男と女のセクシージョーク」「紳士の美学」など猥談を思想の中にとりこむことをすすめている。若いとき卒論で悩んでいると、天理図書館の一室で中村幸彦教授が「雑書をたくさん読みなさい」といわれたらしい。この場合、雑書とはもちろん江戸時代の雑書のことであるが、当人は興味のありそうな雑誌や本まであらゆるジャンルのものを読むようになった。アメリカでの研究生活も長く、くわしくは「考える技術・書く技術」に書かれているが、ともかく彼は専門バカにならないために広範囲にわたる読書をこころがけた。ヘンリー・ベッティンガーの本から三角測量法という読書法に出会う。自分から遠くはなれた二地点を観測して自分の位置を明らかにする、というつもりの命名である。具体的には①ある日刊新聞をはじめからしまいまで、ざっと目を通す②週刊誌、書評などを読む③自分の分野から、ずっと離れた分野の業界新聞を読む④高級総合雑誌を読む⑤学界の専門誌を、題目の外は何もわからないでも読む⑥書評誌を読み、刺激になりそうだったら、書評されている本を買って読む⑦外国の雑誌を読む⑧若いときに読んだ小説・古典を読み返す⑨歴史上の、ある時代または事件をえらび、徹底的に調べる⑩雑学者と呼ばれるのをおそれるな。
要するに視点を自分から離れたところに設けることによって、大局から自分の考えや位置を考え直す機会をもつこと、また自分なりのブレーン・ストーミング法を行うことによって、自由なものの考え方をする、という利点を主張するものである。いずれにしても、遠回りな方法で、即効性はない。インターネット時代であるから、誰しもネットサーフィンをしているが、やはりいつも自分の嗜好・思考に集まることが多い。やはり休日に県立クラスの図書館で見たこともないような専門誌を手にとる時間的余裕を持ちたいものである。
60代以上の世代の多くが人生の後悔として「語学を習得できなかった」ことを挙げている。だがこれもこれから学ぶ楽しみが残されていると考えたほうが幸せであろう。
なんでも考えなんでも知って、なんでもかんでもやってみよう
(John Keynes)
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