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2013年5月18日 (土)

姦通罪是非論

    戦前の刑法第183条には「姦通罪」があり、その第1項に「有夫ノ婦姦通シタルトキハ二年以下ノ懲役ニ処ス其相姦シタル者亦同シ」と定めている。つまり姦通罪というのは、おもに夫のある女性に適用されるもので、男性が姦通罪の適用を受けるのは北原白秋の桐の花事件のように、相手が夫のある女性の場合だけに限られていた。

    ところが、昭和2年5月17日、大審院長・横田秀雄(1862-1938)は、夫は妻に対して貞操義務を負う、として妻に対して慰謝料・損害賠償を請求する権利を持てるという画期的な判決を下した。

    この裁判が戦われた大正末期から昭和初期にかけて、司法の場だけでなく国民の間でも、女性のみに科する姦通罪の是非を問う議論が盛んになっていた。

    昭和2年7月20日、全関西婦人連合会では、京都帝国大学法学部の滝川幸辰(1891-1962)教授を講師に招聘し、「男女貞操に関する刑法改正法案」講演会を開催した。主催者であった婦人団体は、夫の姦通をも罰することになれば性道徳が向上するという理由から、男女両罰を唱えたが、滝川教授は、現行の刑法は女性に対して著しく不利であるとしながら、罰をもって個人の自由を規制することに異議を唱え、男女ともに姦通罪を廃止すべきだと主張した。滝川はその後「刑法読本」の刊行によって文部大臣の鳩山一郎(1883-1959)の攻撃を受け、「赤化教授」として京大を追われたのは昭和8年のことである。

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