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2013年5月31日 (金)

船名に「丸」が使われるのは何故か?

73ffba0417c810a29f93a475951dce0c   船名については船舶法により、「名称を定め」「届出を要する」と定められている。日本郵船株式会社では、船名は次のような基準をもとに決められている。

   欧州航路のコンテナ船は、鎌倉丸、北野丸、鞍馬丸、春日丸のようにKのイニシャルの神社、地名を使用している。またコンテナ船でも、PSW、PNW航路就航船は、箱根丸、氷川丸、白山丸等Hのイニシャルで統一している。油槽船は、時津丸、丹波丸、鳥取丸などTで、重量船は、若菊丸、若竹丸、若戸丸などWで、鉱石船は、大隅丸、音戸丸、遠賀丸などOで統一している。

   戦前の客船の船名は、浅間丸、氷川丸、鎌倉丸など神社名が多く使われ、豪華貨客船新田丸、八幡丸、春日丸の三隻のイニシャルを並べると、NYK(日本郵船株式会社)になるように工夫している。三姉妹船と言われた。

    ところで船の名前に「丸」がつくのはなぜだろうか?「丸」のついた船が確認できるのは12世紀で、一般化したのは14世紀末ごろからである。平安時代の1187年、仁和寺の古文書に「坂東丸」という船名が見えるのが最初である。「丸」の起源については、江戸時代から論争になって、丸太説、問丸説、本丸説、男子名説、日本丸説、白童丸説、麿(まろ)愛称説などあるが、いまだに定説はない。丸太説は昔は丸太をくりぬいて船を造ったから、問丸説は昔、屋号を丸と呼んだため船問屋から転用されたから、本丸説は本丸、ニの丸という城の構造の呼称を船に見立てたから、男子名説は牛若丸(源義経)、多聞丸(楠木正成)、日吉丸(豊臣秀吉)というように男の子が元気であるようにという願いから、日本丸説は豊臣秀吉の造った日本丸、安宅丸から発したという、白童丸説は中国の黄帝時代に白童丸という人が天から降りてきて、造船を教えたことから、麿愛称説はもともと自分のことを麿と言っていたが敬愛の意味で人につけられ、さらに犬や刀など広く愛するものに転用され、やがて麿が丸に転じて船に使用されるようになったという。

   船名「丸」の使用は、江戸時代の慣習に加えて、明治33年に制定された船舶法取扱手続に「船舶ノ名称ニハ成ルベク其ノ末尾ニ丸ノ字ヲ附セシムルベシ」と定められたことにより普及し、現在に至っている。

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