かくれんぼ
人の一生 かくれんぼ
あたしは いつも
鬼ばかり
赤い夕日の 裏町で
もういいかい まあだだよ
むかし日吉ミミの哀しくて切なげな歌がはやった。寺山修司はいう。「かくれんぼは、悲しい遊びである。かくれた子供たちと、鬼の子供とのあいだに別べつの秋が過ぎ、別べつの冬がやってくる。そして、思い出だけがいつまでも、閉じこめられたまま、出てくることができずに声かわしあっているのである」と。本日は寺山修司1983年の忌日。
ところで最近の子供たちはかくれんぼ遊びをあまりしないようである。少子化で同年齢の子供が近所にいないこともあるし、かくれんぼをするような適当な場所がないことも理由にあるだろう。しかしかくれんぼは世界でも最もポピュラーな遊びの一つだった。ハイド・アンド・シーク(イギリス)、カーシュ・カーシュ(フランス)、フェルシュテッケン(ドイツ)、エスコンディテ(スペイン)と呼ばれ「かくれんぼ」に類する遊びがある。中国では堤迷戯、迷蔵、迷朦などが「かくれんぼ」に当たる。モンゴルにはタルバカという遊びが行われている。タルバカはこの地方にすむイタチに似た動物で、これを追っかける犬をまねて遊ぶものである。お隣りの韓国ではどのようなものなのか知らないが韓国ドラマ「春のワルツ」を見ていると、日本と同じような気がする。ラストで次のようにある。
愛はかくれんぼのようなものです。見えないその人を、私の心が探し出します。だから永遠のかくれんぼはありません。いつかはその人を見つけ出せるから、春もまたかくれんぼのように、目には見えなくても、私たちのところにやってきます。だから、春は愛、春は許し、そして、春は希望の季節です。
寺山修司は「かくれんぼ」を秋と冬の季節に譬え悲観的であるが、ユン・ソクホは、本当に愛していれば二人は赤い糸で結ばれており、一生懸命祈れば愛する二人はいつの日かまた必ずめぐりあえる、というメッセージをしている。
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