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2013年4月 9日 (火)

死語辞典「アンネが来ない」

Anne_frank_tombstone  西宮市には「アンネのバラの教会」がある。アンネ・フランクを偲んでベルギーの園芸家によって作られたバラは「アンネ・フランクの形見」と名づけられ、1972年、オットー・フランクから、その苗木10本が日本に送られた。バラに託された平和への願いを忘れない。

    アンネ・フランク(1927-1945)は1942年6月から約2年間、アムステルダムの隠れ家で生活した。アンネは1945年3月12日、ベルゲン・ベルゼン収容所で病死(チフス)したが、1947年「アンネの日記」が刊行され世界中で読まれるようになった。ただし、もとの日記にはアンネはセックスについて率直に書いてあるし、母親に辛辣な批判を加えてもいるが、こうした箇所はオットーによって削除された。現在では一切の加筆・変更を加えない「アンネ・フランクの日記」も公刊されている。

   ところで日本でアンネの知名度を高めたものの一つにアンネ・タンポンがある。これはわが国で最初に使い捨てナプキンを普及させたアンネ社(坂井泰子社長)が開発した生理用品の名である。『アンネ課長』(渡紀彦著 1963)によれば、「少女アンネのイメージは清純であり、苦痛ではなく喜びであり、陰鬱ではなく明朗であり、美しいものでなければならない。生理用品メーカーとしてアンネなる名称は格好のネーミングである」と書いている。アンネ社は経営不振により1993年ライオンに吸収合併された。1970年代には「アンネの日」とか「アンネが来ない」などの隠語が使われた。(Anne Frank)

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