赤橋守時
1326年のこの日、赤橋守時が鎌倉幕府の執権に就任した。金沢貞顕についで執権となったが、実権は得宗の北条高時の手にあった。1333年、新田義貞と戦うが、洲崎で防戦苦闘のすえ自害する。享年39歳。子の益時も父とともに戦死している。
1203年に北条時政が執権となって以降、代々北条氏が世襲し、時政、義時、泰時、経時、時頼、長時、政村、時宗、貞時、師時、宗宣、熙時、基時、高時、貞顕、守時と16代130年間執権政治が続いた。
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