無料ブログはココログ

« ナポレオンの遺髪 | トップページ | 川崎尚之助 »

2013年4月 1日 (月)

雑誌「白樺」創刊

Photo_9     明治43年のこの日、雑誌「白樺」が創刊される。

    明治40年、志賀直哉は24歳のとき、家の女中の一人と結婚する決意をしたが、父の志賀直温に反対される。結局、女中は家を追われて、事件はうやむやに終わったが、直哉と父との対立はどうしょうもないものになっていった。この出来事を書いたのが「大津順吉」である。直哉はそのために一層文学志望の決意を固くする。

 明治41年には、同級生の武者小路実篤・木下利玄・正親町公和(おおぎまちきんかず)らと四人で、回覧雑誌「望野」を作った。この年「或る朝」「網走まで」「速夫の妹」等を書いた。

 明治43年4月、直哉は、「望野」の仲間に有島武郎・有島生馬・里見弴・児島喜八郎・柳宗悦らを加えて、同人雑誌「白樺」を創刊した。「白樺」はそれから大正12年8月まで継続し、その中から多くの作家を生んだ。同誌はその人道主義・理想主義によって、大正期の文学・芸術・思想の運動の中心になった。同人には、ほかに田中雨村・園池公致(そのいけきんゆき)・三浦直介・小泉鉄(こいずみまがね)・高村光太郎・長与善郎・日下諗(くさかしん)等がいる。

« ナポレオンの遺髪 | トップページ | 川崎尚之助 »

今日は何の日」カテゴリの記事

コメント

志賀直哉の大津順吉、白樺発足の時代・・

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ナポレオンの遺髪 | トップページ | 川崎尚之助 »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30