夏目漱石がロンドンで見た芝居
夏目漱石はロンドン留学中にケニントン劇場で1901年2月26日芝居を見ている。ウィルソン・バレット(1846-1904)作「十字架の徴」である。1895年に初演され好評だったらしい。内容はローマ帝国におけるキリスト教迫害を背景に、ローマの貴族とキリスト教徒の女性との恋愛メロドラマである。このような芝居は一般にトーガ劇(toga play)と呼ばれている。トーガとは、ローマ帝国で市民が用いた外衣で、14歳以上の男性は長円形の布を体に巻きつけ、余りは左肩から背中にたらした、この装束にちなむ呼称である。漱石はメロドラマに感動したらしく、のちにシェンキェーヴィッチの「クォ・ヴァディス」(1896)も英訳本で読んでいる。ヴィクトリア朝時代のイギリスではトーガ劇は善玉と悪玉が出て、スペクタクルや暴力で観客を惹きつけたようでメロドラマとスペクタクルの要素があった。シェンキェーヴィッチの作品がでたときも、有名無名をふくめ100点以上もの類似本があり、剽窃問題で騒がしい論戦が巻き起こったという。漱石が見た「十字架の徴」は今日うかがい知ることは困難であるが、活動写真の時代になって「ベン・ハー」「聖衣」などのスペクタクル史劇にそのトーガ劇の伝統をうかがうことができる。(Wilson Barrct,Kennington Thcatre,The Sign of the Cross)参考:久泉伸世「漱石が見たトーガ劇」専修大学北海道短期大学紀要・人文社会科学編37,2004・12
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