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2013年3月 5日 (火)

太閤の茶会

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  豊臣秀吉は天正6年(1578)頃、信長から許可されて茶の湯をはじめた。その後しばしば茶会を催したが、天正9年、それまでの功績によって信長から8種の名物道具を与えられた感激をのちのちまで忘れず、書状に書き残している。天正11年の大坂城入城記念の茶会、天正12年10月の大坂城茶会、天正13年3月5日の大徳寺茶会、天正14年の黄金の茶室で有名になった禁裏茶会、天正15年5月3日の大坂城茶会、天正15年10月1日の北野大茶会などである。茶人としては、千宗易(利休,1522-1591)、今井宗久(1520-1593)、津田宗久(?-1591)、山上宗ニ、重宗甫、住吉屋宗無、万代屋宗安、田中紹安(千道安)などの「御茶八人衆」をはじめ神谷宗湛(1551-1635)、今井宗薫(1552-1627)、松井友閑、荒木道薫、武将では細川幽斎、小寺休夢斎(黒田如水の叔父)、高山右近、荒木村重などの有名人が参会している。

 

   北野大茶会はとくに盛大で歴史上もっとも有名な茶会であった。天正15年8月より、洛中をはじめ畿内一円に高札を立てて参加者を募った。高札の全文は7箇条にわたるが、身分上下の別なく、数寄者であれば手持ちの道具を持参せよ、茶器のない者は「こがし」でもよい、と呼びかけている。「こがし」とは、米や麦を焼いて焦がしたもので、湯に溶かして飲むもののようだ。きわめて庶民的な発想をもったものであった。そのため当日は1000人以上の参会者があったという。

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「日本史」カテゴリの記事

コメント

突然申し訳ありません。
日本テレビでTV番組を制作しております
吉野というものなのですが、只今,歴史の番組を制作しておりまして、2月12日放送の番組で“北野大茶湯”の絵を使用させて頂きたいのですが、2013年3月5日のブログに記載されております、北野大茶会の絵をお借りすることということは可能なのでしょうか。
お手数おかけいたしますが、ご連絡お待ちしております。

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