ゴッホ「黄色い本」
画家が静物画の対象として花や果物を描くことはよくあるが、本そのものを描くことはあまりない。ただ一人ゴッホだけは画面の中に本を描き出した作品をかなり残している画家である。そして、その中には、標題その他の文字が読めるように描いてあるものも少なくない。ゴッホはどのようなメッセージを残したかったのだろうか。「黄色い本」と題する作品は、文字としては読めないが、標題があるといことはわかるように描かれている。この作品は、パリに来てから学んだ新印象派のいわゆる点描画法に近い様式で描かれている。1888年3月、この作品を預かっていたテオがアンデパンダン展に出品しようとした時、ゴッホはわざわざアルルからテオに「もし出品するなら、パリの小説本、という題名にしてほしい」と、注文をつけている。ゴッホはかなりな読書家で、バルザック、ゾラ、モーパッサン、フローベル、ゴンクール兄弟などを愛読していた。当時の社会において、これらの「黄表紙本が堕落したものとして、いささか疑わしい眼で見られていたことを考えると、ゴッホはあえて敬愛する作家たちの作品を、少しも隠そうとはせず、「レモン・イェロー」を使った色彩の象徴主義の萌芽を見ることができる。黄色に「生命の燃焼」と「生きる喜び」を求めようとするゴッホの決意を読み取ることができるであろう。
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