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2013年2月11日 (月)

紀元節と津田左右吉

Img_525475_28026371_0   本日は「建国記念の日」。1874年以来、紀元節として奉祝されてきたが、1948年に姿を消す。その後、1967年に「建国記念の日」として復活。いまだこの日は全国各地で、皇紀2673年の紀元節奉祝行事と建国記念の日に反対する集会に分裂している。「日本書紀」にみえる辛酉年春正月庚辰朔に由来する西暦紀元前660年といえば、お釈迦さまも孔子もまだ登場していない時代から皇室が「万世一系」であるとは考えにくい。神日本磐余彦尊が日向の高千穂から東へ向かい、大和の豪族長髄彦を破り、橿原の地で即位した。戦前、津田左右吉は神武天皇以前の神代史の記述は帝紀を基礎とした、8世紀初頭の天皇制を正当化するための創作であると実証したが、有罪判決を受けた。もちろん他の学者も神話であることは理解しながらも、皇国史観批判に繋がるため、タブーとされてきた。戦後、津田は左翼からも支持されるに至るが、津田自身は雑誌「世界」に論文「建国の事情と万世一系の思想」を発表し、天皇制維持論を展開し、左翼勢力を落胆させる。津田は記紀の創作性は実証したが、日本神話そのものを否定したわけではない。どこの国にも建国説話はある。「出雲の国譲り」「天照大神の岩戸開き」「瓊瓊杵尊の天孫降臨」「海幸彦・山幸彦」など日本神話は日本人の心のよりどころである。

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