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2012年12月10日 (月)

龍馬暗殺の謎

A0212807_16502855     慶応3年12月、坂本龍馬は蛸薬師下ルの醤油屋近江屋の二階に起居していた。10日は中岡慎太郎、岡本健三郎、貸本屋の倅菊屋峰吉らと話し合っていた。夕方、岡本、菊屋峰吉が所用のため外出。直後に刺客数人が乱入、抵抗の暇なく龍馬は闘死、中岡は隣家の井筒屋の屋根まで這って逃げたが、2日後に息をひきとっている。通説に従えば、与頭・佐々木只三郎に率いられた京都見廻り組の犯行であろう。桂早之助、渡辺一郎(後に渡辺篤)、世良敏郎(小林甚七)、渡辺吉太郎、今井信郎、高橋安次郎、桜井大三郎、土肥仲蔵。なかでも桂早之助には自筆の由緒書と龍馬を斬ったとされる刀剣が発見されている。このほかの説として、現場に残された鞘が新撰組の原田左之助の所持品であること、「コナクソ」の四国弁が原田の伊予松山の出身であることから、原田も有力視されてきた。また大石鍬次郎の名もある。また「いろは丸衝突事件」に関する復讐が原因として、伊予大洲藩下目付・井上将策や紀州藩の三浦休太郎の名もでてきた。紀州藩藩と新撰組の共謀説もある。新撰組の前野五郎、斉藤一の名も挙げられている。これら龍馬暗殺のヒットマンも興味あるが、龍馬暗殺の刃を差し向けた陰の黒幕は誰かということのほうが、なお興味深いものがある。これまで挙げられた者として、①松平容保②近藤勇③後藤象二郎④西郷隆盛⑤大久保利通、などがある。詳しくは上田滋「暗殺の刃を差し向けたのはだれか」(学習研究社「歴史群像・坂本龍馬」)をご覧ください。

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