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2012年11月 3日 (土)

ケンタッキー州

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 ケンタッキー州の州会議事堂

   ケンタッキー州はアメリカ合衆国中部南東寄りに位置する。アパラチア山地の西では最も早く開け、1748年にトーマス・ウォーカーが開拓を行い、続いてダニエル・ブーンがケンタッキー川に沿ったブーンズボロを建設した。もちろんその前に、インディアンがたくさん住んでいた。ケンタッキーという地名は、インディアン語のケンタケ(牧草地、平原)が語源。1776年ヴァージニア州の1郡となり、1792年に州となった。南北戦争では北部のリンカーン、南部のデーヴィス両大統領がケンタッキーの出身で、州は中立を守り、州民は両軍に分かれて参戦した。

   ケンタッキー州の別名、ブールグラスとは学名ナガハグサというヨーロッパ原産の牧草のことである。この牧草は、レキシントンを中心にこの州でよく育ち、馬や牛がとくに好む。このためケンタッキー州は馬の飼育地として有名である。毎年、ルイビルで行われるケンタッキー・ダービーは、1875年から開催されている。このほかケンタッキー・バーボンとして有名な、バーボン・ウィスキーの材料となるトウモロコシも産出される。リンカーン大統領の父親がケンタッキー州からインディアナ州へ移るとき、彼は20樽のバーボンウィスキーと現金20ドルをもって行った、といわれる。

    しかし今日ケンタッキーといえば、カーネル・サンダースのケンタッキー・フライドチキンが最も有名であろう。ハーランド・デーヴィッド・サンダース(1890-1980)は、1930年9月、ケンタッキー州のコービンで、ガソリンスタンドの一角を借りて客席わずか6つの小さな食堂を始めた。「もし美味しくなかったらお代はいりません」という自信と、お客一人ひとりと会話を交わすもとなしから食堂は繁盛する。だが高速道路の開通で客が激減、そこでフランドチキンをワゴン車で巡回販売した。これがケンタッキー・フライドチキンの始まりである。日本進出は万博年の昭和45年、名古屋でオープン。店頭に置かれたカーネル・サンダース像は典型的な「南部の紳士」を象徴する白いスーツを着用している。(Kentucky)

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