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2012年11月20日 (火)

19世紀スペインの産業

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   スペインの衰退の原因は社会的・経済的要因があげられるが、イギリスとの世界覇権争いは、軍事面での敗北がその衰退に直結する。1588年、スペインの無敵艦隊がイギリス艦隊に敗北したことにより、大西洋の海上支配権を喪失した。そして1808年ナポレオンがスペインを征服したことで決定的となった。19世紀ヨーロッパ世界の繁栄は、一律にどこでも同じようにみられたわけではない。画像の「19世紀ヨーロッパの産業発展」で石炭、粗鉄、蒸気機関、鉄道、紡績などイギリス、フランス、ドイツ、イタリアと比較すると大きく立ち遅れている。19世紀に国民産業として工業発展を遂げたのは、わずかにカタルーニャとバスク地方だけであった。カタルーニャの繊維工業、特に綿工業は1830年代から発展期に入り、1842年には綿工場数約4500、労働者数約10万人を抱えていた。製鉄業は、すでに1830年代にマルベーヤ、ウエルバなどから起こったが、19世紀後半には鉱山を有するバスク地方で急速に発展した。しかしカタルーニャ繊維工業は大部分が中小規模の工場であり、バスク地方の製鉄業にしても、外国工業との競争に対抗する力はなかった。これらの地方の産業家は、カスティーヤ穀物業者と同盟して、保護貿易主義を主張せねばならなかった。一方19世紀後半から、外国資本の投下によって鉄道建設事業と鉱山業が急速に発達した。鉄道建設は、一部カタルーニャ資本によるものの、大部分フランス・ベルギー資本によって実現された。1848年、初めて29キロの線が開通したが、1860年から1865年の間に飛躍的に建設が進み(3600キロ)、1900年に鉄道網は12,000キロに及んだ。しかし多くの資材はフランスから輸入されたために、鉄道建設に伴う全三行への相乗作用は限られていた。鉱山業は、1860年、フィゲローラ蔵相による自由貿易政策の採用以降、やはり外国資本の投下らよりアストゥリヤスなどで大いに発展するが、鉱石はそのままヨーロッパ諸国へ輸出された。従って、この場合もスペイン工業が受ける恩恵は少なかった。更に外国資本は、銀行・保険など各分野で事業をおこした。3大動産信用銀行はフランス・ベルギー資本によるものであった。そしてスペインの保守的な地主・ブルジョワは、これらの会社に投資することで満足した。結局スペイン経済は、ヨーロッパの植民地的性格をもっていた。(Spain)

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