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2012年10月 8日 (月)

延命院事件と女中ころ

E0221999_23304110    ころ(1779-1803)は徳川家斉時代の下級の女中。梅村の部屋子。霊厳島の小間物屋・三河屋喜兵衛の女。13歳で部屋子となる。江戸谷中の延命院の僧・日潤に帰依。参詣を理由に再三大奥を抜け出す。日潤と深い関係になり、子を宿すが、脇坂安董(1767-1841)の手で摘発されて露見。1803年、日潤は処刑される。ころは自害したとも、出家したともいわれるが、明らかではない。同じ頃、日道も奥女中との深い関係をもったことから死刑に処せられた。

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