木村貞行「絶命詩」
赤穂四十七士のひとり、木村岡右衛門貞行(1658-1703)は浪々のうちにも学問に熱心であり、文才をうたわれた。漢詩を作り、これを兜頭巾の裏につけて、吉良邸に攻め入り、奮戦した。討入りに際しての詩「野詩一絶を綴りて以て其志を述ぶ」が残っている。
身浮雲に寄す滄海の東
久しく恩義を愆世塵の中
花を看 月に対し無窮の恨み
散じて暁天草木の風と作らん
(室鳩巣「赤穂義士録」)
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