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2012年10月 9日 (火)

乙武洋匡、いじめ問題を語る

Clip_image001   いま「いじめをなくそう」「いじめゼロ宣言」というスローガンをよく耳にする。これに対して、一部には、いじめが起きていない状況を「あるべき姿」として設定することが、学校の隠蔽体質を助長するものだという意見もある。むしろ「いじめゼロ」から「いじめはなくならない」に発想を転換すべきという意見である。本日のNHKスタジオパークからこんにちはのゲスト乙武洋匡は語る。「もちろん、いじめなんて起こっていいはずはないし、なくしていかなければならない。でも、いじめゼロということを目的にしてしまうと、やはり、いざ起こった時に、隠してしまったり、なかったことにしてしまおうと、思うんですね。ボクは、いじめというのは、なかなかなくならないものだと思っているんです。たとえばですよ。永井さんが田代さんと、普段は仲がいいんですけれど、実は本当は嫌いだったとする。でも、それが、1年に1ぺんしか会わない関係だったら、だれも、1年に1度しか会わない相手のことをいじめてやろうとは思わないんですね。でも、ほんとは嫌いな人間と毎日顔を突き合わせて「1年間同じクラスですよ」そういわれて、固定化された人間関係になると、どうしても、「あいつ、やだな、あ、いっぱいくわしてやろう」って気持がでてくる。これはむしろ自然なことだと思うんですね。ですから「いじめゼロ」を目指すのではなくて、いざ、いじめが起こった時に、どう早期発見して、どう解決をしていくのか、そこを目的にしなければならないし、教員の評価自体も、いじめのなかったクラスがいいのではなくて、いじめがおこっても、すぐに発見し、解決できたクラス、これをボクらは求めていくべきなのかなあと思うんですね」

  「いじめゼロ」から「いじめはなくならない」に発想を転換すべし。「すべての学校からいじめをなくそう」というスローガンは誰でも賛成しやすく、耳あたりがよいが、実は「日本社会から犯罪をなくそう」と言ってることと同程度の空疎な理想論であり、実現不可能な目標なのである。

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コメント

こんにちは。

人間への分析が深いですね。

抑止と事後対応の両方をする必要性を感じます。

確かに。まずは現実を受け止めないとね。スタートラインにも立てない。

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