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2012年10月 9日 (火)

松江城と堀尾父子

Lrg_10275736    松江城は千鳥城ともいい、全国に現存する12天守の1つで、天守の平面規模では2番目である。明治の初め、全国の城は殆ど壊されたが、松江城の天守は地元の豪農勝部本右衛門(1796-1886)、旧藩士高城権八ら有志の奔走によって山陰で唯一保存され、松江のシンボルとして親しまれている。初代藩主、堀尾忠氏(1578-1604)は堀尾吉晴の次男。関ヶ原の戦の後、出雲24万石を拝領され、松江に城地を選定した。だが1604年、父吉晴に先立って病死した。一説によればニホンマムシにかまれたといわれる。1611年、吉晴が5年の歳月をかけて松江城を完成した。

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島根大学の客員教授である久保田邦親博士らが境界潤滑(機械工学でいう中心的摩擦モード)の原理をついに解明。名称は炭素結晶の競合モデル/CCSCモデル「通称、ナノダイヤモンド理論」は開発合金Xの高面圧摺動特性を説明できるだけでなく、その他の境界潤滑現象にかかわる広い説明が可能な本質的理論で、更なる機械の高性能化に展望が開かれたとする識者もある。幅広い分野に応用でき今後48Vハイブリッドエンジンのコンパクト化(ピストンピンなど)の開発指針となってゆくことも期待されている。

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