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昭和20年1月、島田叡(1901-1945)は沖縄県知事に任命された。島田は死を覚悟して沖縄に赴任した、2月下旬に台湾へ飛び、交渉の末、食糧の確保に成功した。3月に入り空襲が始まると、地下壕の中で執務を始めた。6月26日、島田は消息を絶ち、今日まで遺体は発見されていない。元兵士の証言によると島田は壕で自決したと思われる。島田の懸命の努力は高く評価され、摩文仁の丘に「島守の塔」が立つ。
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